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クレディセゾンの審査甘い?で重要なキーワードをおさらい

銀行

銀行

銀行(ぎんこう、)とは、概ね、預金の受入れと資金の貸出し(融資)を併せて行う業者として、各国において「銀行」として規制に服する金融機関を指すが、その範囲は国によって大きく異なる。

為替取引を行うことができ、銀行券の発行を行うこともある。広義には、中央銀行、特殊銀行などの政策金融機関、預貯金取扱金融機関などの総称である。
日本の法令上、銀行とは、銀行法上の銀行(普通銀行)を意味し、外国銀行支店を含むときと含まないときがある。また、長期信用銀行は長期信用銀行法以外の法律の適用においては銀行とみなされる。日本銀行や特殊銀行、協同組織金融機関および株式会社商工組合中央金庫は含まない。普通銀行も長期信用銀行も、会社法に基づいて設立される株式会社形態である。
他方、米国においては、「銀行」(bank)には、国法銀行(national bank)と州法銀行(state bank)があり、それぞれ連邦および各州の銀行法に基づき設立される営利目的の法人(body corporate)である。連邦準備銀行、貯蓄貸付組合(saving and loan association)や信用組合(credit union)、産業融資会社(industrial loan company)などとは区別されるが、広義にはこれらを含む。
「金融仲介」「信用創造」「決済機能」の3つを総称して銀行の3大機能という。これらの機能は銀行の主要業務である「預金」「融資」「為替」および銀行の信用によって実現されている。3大機能において、「金融仲介」と「信用創造」は各銀行が常に単独で行える業務である。ただし「決済機能」は、複数銀行間の決済が手形交換所というラウンドテーブルで機能しており、かつてその処理が煩雑を極めたことから現代とみに合理化し、国際決済は寡占産業となった。
銀行の業務目的は、第一義的には、市場経済の根幹である通貨の発行である。ここにいう通貨は、中央銀行の発行する銀行券などの現金通貨に限らない。貨幣機能説によれば、通貨は通貨としての機能を果たすがゆえに通貨であり、交換手段であると同時に価値保蔵手段であり、価値尺度であるという機能をもつ。銀行の受け入れる預金は、まさにこうした通貨としての機能を果たすがゆえに経済社会において重要な預金通貨として流通している。
預金通貨は銀行の負債であるので、預金通貨の価値の安定のためには、銀行の資産が安定的な価値を有するものでなければならない。このため、金融庁をはじめとする銀行監督当局は、定期検査を通じて、銀行の資産は安全かという点をチェックする。また、銀行監督当局は風評被害が起きないよう監督している。
銀行業務を行うにあたっては、信用が重要な位置をしめる。そのため、経営が悪くなっても活動を続けることが出来る他の産業とは根本的に異なり、経営が悪くなれば信用がなくなり、取り付け騒ぎに発展して破綻したり、批判を受けながら政府の救済を受けたりする。それ自体は預金保険制度、健全性規制、ベイルイン(株主・債権者負担)といった諸制度により防がれる。
銀行業務の技術的側面は銀行のオンラインシステムで成り立っている現状がある。
アメリカ合衆国や中華人民共和国、日本では銀行と証券会社との兼業を認めない。このような政策を「銀証分離」という。アメリカでは1929年の世界恐慌をきっかけにグラス・スティーガル法が制定されてから銀行による証券業務が制限されている。同法制定の背景には、①銀行が証券業務も行っていたことが大恐慌の一因となった、②預金者の資金を運用している銀行による証券業務を制限することによって、預金者の保護を徹底する必要がある、③貸出業務と証券業務とは利益が相反する傾向がある、という見方があった。しかし第二次世界大戦後は銀行と証券会社が一体となったユニバーサル・バンクを主流とする欧州各国でブレトンウッズ協定に対する不満が鬱積していった。彼らはユーロカレンシーを利用した銀行間取引を活発化させ、機関投資家と共にユーロ債市場を拡充した。その結果、日米欧三極同時並行で銀証分離が緩められていった。
銀証分離は独占を禁止する目的もあるが、同様の観点から銀行業と商業の分離(銀商分離)を行う国もある。米国では投資銀行を除いて銀行業から商業への参入も商業から銀行業への参入もどちらも認められない(ノーウェイ規制)。欧米の企業統治は政策で機関投資家に委ねられている。日本では、商業から銀行業への参入は非金融事業会社による銀行子会社の保有という形で認められているが、銀行業から商業への参入(銀行やそのグループ企業による非金融事業)は持株会社としてのベンチャーキャピタルに限られる(ワンウェイ規制)。欧州では、自己資本に応じた投資制限の範囲内であれば、相互に参入が認められる(ツーウェイ規制)。ソシエテ・ジェネラルのような欧州銀行同盟の代表格やベルギー総合会社を例とする伝統である。
アメリカでは現在グラム・リーチ・ブライリー法によって役員兼任が許容されるなど、銀証分離は極度に緩和されている。この制度は、モーゲージによる信用創造をMBS販売で下支えするビジネスモデルを許したので、世界金融危機を招来した。
そこで2011年にグラス・スティーガル法の再導入法案が両院に提出された。翌年7月4日フィナンシャル・タイムズが分離を主張した。社説の背景は多様である。2012年5月10日に発表されたJPモルガンの20億ドルにのぼる損失、バークレイズのLIBOR金利操作、米上院調査会が2012年7月16日に報告したHSBC・ワコビア・シティバンク・リッグス銀行の資金洗浄、そしてロスチャイルドのリストラ方針が銀証分離と考えられていること。法案の採決はウォールストリートの投資家に阻まれている。
2018年3月29日、公正取引委員会は、ドイツ銀行とメリルリンチが米ドル建て国際機関債の売買について受注調整したと認定、その行為が不当な取引制限にあたると発表した。国際機関債はユーロ債が普通である。銀証分離緩和を主導し、また利用してきた、ユーロ市場の独占資本に綻びが見えてきた。公取委が復権するかどうかも注目される。
日本においては1948年、アメリカ対日協議会が発足して財閥解体の調整に乗り出し、また旧証券取引法が制定された。同法65条において銀行(預貯金取扱金融機関)が金融商品取引行為を業として行うことは、投資目的や信託契約に基づく場合などを除いて禁止されていた。禁止規定は公共債に適用されないが、公共債を対象として銀行の営みうる業務範囲は旧銀行法で明文規定がなかった。それで公社債をメガバンクが窓口となって外債として発行した。これがユーロダラーとの接点となる。外債だけでは公社債の資金需要をまかないきれないので、昭和30年代は投資信託に保有させる作戦がとられた。1955年、大蔵省は証券19社に対して次のような資金調達を認めた。顧客に売った金融債を引き渡さずに有償で借用し(運用預かり)、これを担保として銀行などから資金を借り入れる行為である。インターバンク短期金融市場からの借り入れは利子のかさむ原因となった。この行為は1998年7月現在禁止されている。強引な大衆貯蓄の動員は証券不況を引き起こした。日本共同証券の設立過程で、銀行は証券業界へ人材を進出させるなどして事実的に支配した。旧財閥系の銀行がオーバーローンで生保と事業法人を系列化した(法人資本主義)。
日銀が特融に奔走していたころ、ニューヨーク州は陥落間近であった。1960年代初め、ニューヨーク州議会は公社債発行の根拠となる精神規定を採択した。州の住宅金融機関などは公共インフラのために公社債を発行しまくった。州の負債は十年で三倍となり、総額150億ドル以上となった。州の長期負債の2/3以上が州の全信用によっては保証されない人道債(Moral Obligation Bond)であり、その残高は全米で発行された無保証債券残高の1/4を占めた。
株式の持ち合いが日本証券市場の拡大を妨げたので、グローバルな成長をとげた機関投資家が政治的圧力をかけてきた(日米円・ドル委員会)。1985年、住友銀行が買収したゴッタルト銀行(Gotthard-Bank)が、イトマン発行外債の主幹事をやるということで銀証分離は形骸化しだした。日英金融協議がそれに追い討ちをかけた。1990年12月には、銀行と信託、保険の相互参入を認める法案が可決された。そして1993年4月の金融制度改革関連法施行に伴い、銀行・信託・証券の相互参入が認められたことから実質的に銀証分離が撤廃された。さらに金融ビッグバンにより銀行等の投資信託の窓口販売の導入(1998年12月から解禁)が導入されるなどして、現在は登録金融機関ならば一定の証券業務を営めるようになっている。
英語のバンク(bank)という語はイタリア語の”banco”(机、ベンチ)に由来する。これはフィレンツェの銀行家たちによってルネサンスの時代に使われた言葉で、彼らは緑色の布で覆われた机の上で取引を行うのを常としていた。明治時代にバンク(bank)を銀行と訳したのは、中国語に依拠している。香港上海銀行(豐銀行、1865年設立)などが創業当初から中国語名に銀行を使用している。行は漢語で店を意味し、また金ではなく銀であるのは当時東アジアでは銀が共通の価値として通用していたためである(銀貨を参照)。日本では「金行」とする案もあり、一説によれば語呂が良いから銀行とされたという。
金融機能の起源としては両替商が古くからあり、フェニキア人による両替商が知られていた。古くはハムラビ法典には商人の貸借についての規定が詳細に記述されており、また哲学者タレスのオリーブ搾油機の逸話などで知られるように、古代から高度な金融取引・契約はいくつも存在していたと考えられるが、一方で貨幣の取り扱いや貸借には宗教上の禁忌が存在している社会があり、例えばユダヤ教の神殿では神殿貨幣が使用され、信者は礼拝のさいにローマ皇帝の刻印がされた貨幣を神殿貨幣に両替し献納しなければならなかった。ユダヤ・キリスト・イスラム教では原則として利息を取る貸付は禁止されていたので、融資や貸借は原則として無利子(売掛・買掛)であった。これらの社会においては交易上の利益は認められていたので実質上の利子は中間マージンに含まれていた。両替商が貨幣の両替において金額の数%で得る利益は手数料であった。
貸付・投資機能が高度に発達したのは中世イタリア、ヴェネツィア、ジェノヴァ、フィレンツェにおいてである。遠隔地交易が発達し、信用による売掛・買掛売買が発達し、有力商人が小口商人や船乗りの決済を代行することから荷為替あるいは小口融資が行われるようになった。中世イタリアのジェノバ共和国の議会は、国債の元利支払のための税収を、投資家の組成するシンジケート(Compera)に預けた。1164年には11人の投資家によって11年を期間としたシンジケートが設定されていた。このシンジケートを母体に設立されたサン・ジョルジョ銀行はヨーロッパ最古の銀行とされている。ヴェネツィア共和国の議会は1262年、既存の債務を一つの基金に整理し、債務支払いのために特定の物品税を担保に年5%の金利を支払う事を約束したが、これは出資証券の形態を取り登記簿の所有名義を書き換える事で出資証券の売買が可能なものであった。中世イタリアの都市国家ではそれぞれの都市の基金、すなわち本来の意味でのファンドが、債務支払の担保にあてられた税を管理した。
13世紀頃の北イタリアではキリスト教徒が消費者金融から一斉に撤退し始めるがその理由ははっきりしない。15世紀にはユダヤ教のユダヤ人金融が隆盛を極めた。しかし15世紀後半には次第に衰退した。ユダヤ人が貧民に高利貸付をして苦しめているとフランチェスコ会の修道士が説教したので、都市国家ペルージャは最初の公益質屋( monte di piet)を作り低利で貸付を始めた。それまで徴利禁止論を標榜していたキリスト教会は、第5ラテラン公会議で言い逃れをした。すなわちモンテの利子は正当であり、禁じられた徴利にあたらないとしたのである。
北イタリアからバルト海にかけ、商人の経済活動が高度化してゆくなかで次第に金融に特化する商人が登場しはじめる。商業銀行と商社は業態的につながりが深いといわれている。シティ・オブ・ロンドンにはマーチャント・バンクの伝統があり、これは交易商人たちが次第に金融に特化していったものである。日本の総合商社はマーチャントバンクに大変類似しているとも言われる。現在のような形態の銀行が誕生したのは、中世末期のイギリスにおいてである。
日本でも江戸時代には両替商があり、また大商人による大名貸しなど融資業や決済代行業務を請け負った。初の商業銀行は、明治維新後に誕生した第一国立銀行(第一勧業銀行を経て、現在のみずほ銀行)となっている。

西武鉄道

西武鉄道

西武鉄道株式会社(せいぶてつどう、英称:”SEIBU RAILWAY Co.,Ltd.”)は、埼玉県所沢市に本社を置く鉄道事業者である。

登記上の本店所在地は東京都豊島区南池袋。
東京都北西部から埼玉県南西部に路線を有する鉄道・沿線・不動産事業を行う西武グループの主要企業で、大手私鉄の一つである。また、プロ野球・埼玉西武ライオンズの親会社(2009年から)である。
「西武」の名称は武蔵国の西部に由来する。また、利用客は西武鉄道の路線のことを「西武線」と呼ぶことが多く、車内放送などでも「西武線」と呼称している。
西武鉄道は東京急行電鉄と同じように、企業の多角化が他社よりも早く行われ、また自社の不動産が大きな利益を上げている。他社に比べ土地の買収が早く、西武沿線は勿論のこと、神奈川県、千葉県の房総や伊豆箱根地方や、遠く滋賀県にまで及んでいる。七里ヶ浜海岸を私有地として保有していて、海岸を持つ数少ない鉄道会社となっている。
昭和中期には箱根の不動産開発をめぐり小田急グループ(当時の東急系)と「箱根山戦争」と称される縄張り争いが繰り広げられた。現代では、2003年から小田急電鉄と観光地や鉄道沿線事業での提携や、共通商品の開発に乗り出して功を奏している。
鉄道事業での収入より不動産部門の方が主となっているが、2006年のグループ再編により、日本国内のリゾート関係の不動産は兄弟会社のプリンスホテルや西武プロパティーズ(旧西武不動産販売)へ段階的に譲渡されている。都心や駅前の超一等地や箱根、軽井沢、湘南などの人気リゾート地に広大な土地を所有しており、企業の土地資産価値で日本一の時代もあった。その恵まれた土地資産を活用して、石神井公園、大泉学園、小手指などの沿線の再開発の他、赤坂プリンスホテル跡地に大規模な再開発であるガーデンテラス紀尾井町を開業した。また、池袋、所沢、品川、高輪でも再開発が進行中や計画中である。
大手私鉄では唯一自社所属グループ内に百貨店などの流通系商業店を持っていない。これは、創業者である堤康次郎死後、西武鉄道グループ(現、西武グループ)と西武流通グループ(セゾングループ、2000年代に実質解体)の2グループに分かれたため。ただし、2003年のミレニアムリテイリング第三社割当増資時に和田繁明社長(当時)が堤義明会長(当時)へ打診し、西武鉄道が出資を引き受けた。2006年の西武ホールディングス設立に伴うコクドの第三者割当増資時にはミレニアムが10億円出資を引き受け、セブン&アイ・ホールディングスがミレニアム株式を現金で買上げるまでの数か月間は株式の持ち合い状態であった。
西武百貨店の小店舗として登場した西友が西武沿線に多いのは、グループ分裂前に発展過程で店舗と土地を賃貸しているのが、現在まで継続しているからである。しかし、西友が米ウォルマートの子会社になってからも西友との繋がりは未だに深く、西武鉄道の開発するニュータウンや駅改良工事後に、西友の新店舗が開店することが多い。また、西友の小売事業として発足したファミリーマートとは、駅ナカコンビニTOMONYの展開で提携している。
一方で西武鉄道グループとしても、西武プロパティーズ(旧西武商事)を介して、PePeやEmioなどの駅ビルやBIG BOX・アウトレットモールといった大型商業施設の運営を行っている。また、「西武観光」と称する旅行代理業部門を擁しており、一般客向けには西武線のターミナル駅構内に窓口が置かれている。
近年は東京移住者が増加傾向にある。西武鉄道の利用者の数は減ってはいないものの隣の京王電鉄などと比較すると増加の割合は2009年度現在、約3%も西武鉄道の方が少ない。他社、特に小田急電鉄や東京急行電鉄では利用客の増加に対応し線路の複々線化が活発であるが、少子高齢化が進行すれば利用客の減少が近いうちに問題となることを予想し、西武鉄道では複々線化について歯止めをかけている。
一方、老朽化した駅施設などのリニューアルは活発に行われており、平成11年(1999年)の田無を皮切りに、野方、花小金井、狭山市、東長崎、江古田、東久留米、所沢の各駅で駅舎の全面改築が行われている。
2007年からはファミリーマートと協業した駅売店「TOMONY」や駅ビル型の中小規模な駅ナカ商業施設として「Emio(エミオ)」を開業させ、駅の改築に合わせて順次展開していく見通しである。
西武鉄道は2006年2月の西武グループ再構築まで長きに亘り、堤家のコクドが株式の多くを保有する同族経営(=ファミリー企業)であった。
康次郎亡き後は後継者となった堤義明による経営手腕で1960年代以降、プリンスホテル・スキー場・ゴルフ場・スケートリンクなどのリゾート開発と、ニュータウン/宅地開発などが東日本を中心に大規模に推し進められた。兄弟会社であったプリンスホテル(旧)の不動産物件はほとんど西武鉄道の所有であり、プリンスホテル社は運営のみを行っていた。また、1978年にはコクド(当時は国土計画)がクラウンライター・ライオンズを買収して、西武ライオンズを誕生させプロ野球球団経営に進出する。建築には西武建設(旧)、庭や芝生管理に西武造園を用いるなど内部経済でコクド・西武鉄道グループとしての規模を拡大させ社員3万人を有し、「西武王国」と言われた。また、1980年代には堤義明は世界の富豪(世界長者番付)入りを果たした。
1957年から東証一部に上場していたが、2004年に発覚した証券取引法違反事件により同年12月に上場廃止処分となり、その後のコクド・西武鉄道・プリンスホテル間での事業領域の再構築と不採算物件の売却が行われるなど、大きな転換期となった(後述)。
2004年2月に総会屋の求めに応じて土地を安く譲渡させる形での利益供与が発覚し(西武鉄道総会屋利益供与事件)、総会屋側と利益供与に関わった西武鉄道と西武不動産販売(2009年に西武プロパティーズが事業承継)の役員合わせて11人が商法違反で逮捕・送検される事態となった。これにより、同年4月14日に旧西武鉄道グループ・西武ライオンズ(当時)のオーナーで西武鉄道・コクド会長を務める堤義明と戸田博之西武鉄道社長が記者会見を開き、西武鉄道会長・社長職の引責辞任を発表する。これにより、同族資本の鉄道会社は東武鉄道と富士急行が残るのみとなった。後任の西武鉄道社長には小柳皓正専務が昇格する形で就任した。
約6か月後の同年10月13日に堤義明コクド会長が急遽記者会見を開き、有価証券報告書虚偽記載(2004年3月期決算の有価証券報告書上でコクドが保有する西武鉄道の保有株数を22%過少申告していた)を公表。コクド会長職なども辞任表明をした。実態的には、西武鉄道株式〔西武株式〕のコクド持株分の多くを西武鉄道グループ各社の従業員持株会・OB関係者と堤義明コクド会長ら1000名以上の個人名義に偽装し、コクド・伊豆箱根鉄道など上位10名(社)の西武株式保有分のみで東証の上場廃止基準である80%を超えていたことを伏せて株式公開していた。1000円台の堅調な値動きをしていた西武株式は発表翌日からストップ安となり、東証・証券取引等監視委員会・東京地検特捜部も西武鉄道・コクド幹部への事情聴取などの調査に乗り出した。
西武鉄道は連鎖的に同じ事態が発覚した伊豆箱根鉄道とともに株式名簿管理を証券代行会社へ委託せず自社内で行っていた(東証上場企業では当時3社のみ)が、株式の電子化(2009年開始)では、証券保管振替制度によって株券をほふりの参加者(証券会社・信託銀行等)口座を通じて預託(移管)するが、株主名義人の本人確認が必要となるため、もともと電子化が導入された時点で名義偽装が発覚する虞が高かった。なお、この株主偽装は上場当初の1957年から存在したと言われている。
いっぽう、発表前の同年9月前後に西武鉄道とコクド(プリンスホテル等)を通じて取引関係のあるキリンビール・サントリー・東京コカ・コーラボトリングなどの複数の飲料メーカー、王子製紙、ワコール、日立グループ、三菱電機、小田急電鉄、鹿島、前田建設、クレディセゾンなど30企業に対し、西武株式8千万株を虚偽記載であることを伏せたまま売却した。10月の虚偽記載公表後の株価下落による損失を招いたことで、株式買い戻し(購入代金の返還)請求が起こされたとともに、売却を打診したコクド・西武鉄道の幹部や堤義明前会長に対してはインサイダー容疑であわせて捜査が行われた。
これらの事態によって、東証は11月16日に『虚偽記載という不適切な情報開示』と『公益・投資者保護』を理由に西武株式の上場廃止を決定し、11月17日に整理ポスト入りさせ、12月16日を以て取引を終了し、翌17日で上場廃止となった。伊豆箱根鉄道においても、西武鉄道が50%超を持株保有していると2000年度分からの有価証券報告書を訂正し、上場廃止となった。上場廃止となるのは、それまでは企業の倒産(会社更生法・民事再生法申請などの法的整理)や、M&Aに伴うものなどが通例であったことから、きわめて異例の事態であった。2006年のライブドア事件においても酷似のケースで上場廃止となっている。
2005年3月3日に堤義明前会長は証券取引法違反(有価証券報告書の虚偽記載とインサイダー取引)容疑で東京地検特捜部に逮捕され、同年10月に有罪判決となったが2009年10月に執行猶予期間満了となった。この事件に際しては、コクドの幹部社員と小柳西武鉄道前社長が相次いで自殺したことが報じられている。
株式問題と並行して、2004年11月に西武鉄道とコクドは共同で『西武グループ経営改革委員会』を発足させ、2005年1月にはコクドの事業部門と西武鉄道などを新設する持株会社の傘下に入れるなどのグループ再構築を発表した。また、旧経営陣は退任し、メインバンクであるみずほコーポレート銀行(旧第一勧業銀行)副頭取で西武グループ発足後に西武鉄道の代表取締役社長となる後藤高志らが迎えられた。
再編スキームとして、
資本再構成によって、西武鉄道は鉄道事業主体の普遍的な民営鉄道会社となり、西武グループの再編が完了した。
西武鉄道株式については有価証券報告書の虚偽記載が上場廃止の理由であったため、2004年度内のジャスダック上場を目指していたが、年度内上場はスケジュール的に難しく、コンプライアンス体制強化後の上場を目指すことになった。2006年のグループ再編後は株式移転により西武ホールディングスの子会社となっているが、同社株主には上場廃止前と同等に西武鉄道の株主優待乗車証などが謹呈されている。そして2014年4月23日に西武ホールディングスとして東京証券取引所第1部へ上場した。
西武グループ発足後は後藤高志代表取締役社長が西武鉄道の新しい体制を築きあげ始めた。
この新体制の鉄道事業において特徴的なのが自社のイメージチェンジである。2007年、西武鉄道が中核となる西武グループのスローガン「でかける人を、ほほえむ人へ。」が表すように、現在は他社と同じく、量はもとより質の向上にも力を入れるようになった。同年には社内に「スマイル&スマイル部」が開設され、鉄道ファンや子供に対するイベントを、年間多く実施・企画し沿線の人にもっと西武線と親しんでもらおうと考えている。
その第一陣として登場したのが西武のイメージトレイン30000系(スマイルトレイン)である。それ以前の西武鉄道を思わせる「硬い」雰囲気に一線を画し「ソフトさ」をイメージしている。
2007年2月には、西武鉄道とプリンスホテル・伊豆箱根鉄道など再編後の西武グループ各社が手掛ける物販・ホテル・リゾート各施設でのポイントサービス「プリンスポイント」と「プリンスポイントカード」を共同で導入。2006年9月に先行する形で提携カード「SEIBUプリンスカード」の発行がクレディセゾン・西武鉄道・プリンスホテルの提携によって開始された。同カードではクレジット決済による定期券購入が可能となり、2007年3月開始の「PASMOオートチャージサービス」へも対応している。
なお、グループ再編前の1980年代(コクド資本下)より旧プリンスホテルと西武交通などの利用に限定されたハウスカード「プリンスカード」が存在しており(旧日本信販などと提携)、従業員関係者や西武グループの上得意客向けに限定されて発行されていた。2005年4月にクレディセゾンと旧プリンスホテルが提携した「プリンスカード《セゾン》」が一般向けにも募集されるようになったが、「SEIBU プリンスカード」とはサービス面で関連性が無く、新たに新規申込する必要が生じた。
2012年10月および2013年3月、親会社西武ホールディングスの大株主である外資ファンド、サーベラス・キャピタル・マネジメントは、大規模なリストラ案を株主提案した。具体的には不採算5路線(多摩川線・山口線・国分寺線・多摩湖線・西武秩父線)の廃止、埼玉西武ライオンズの売却、プリンスホテルのサービス料の値上げ、品川駅周辺の再開発案の策定とされる。これに対し西武が拒否したため、2013年4月下旬を期限とする敵対的TOBへ発展した。
なお、2013年3月21日の報道でサーベラスは、「路線廃止や球団売却などを強要したことはない」と否定している。また、沿線自治体(特に西武秩父線沿線)からは路線の存続を求める声も上がっており、若林久社長は秩父市に対して「公共交通機関なので守る」と説明している。
もともと西武軌道が使用していた社章で、西武の”西”をモチーフにしたもので、野球のボールに似た形をしている。2007年4月1日に西武鉄道とその子会社の社章が新社章に変更されたため現在の西武鉄道では使用されていないが、一部既存車両の側面にまだ旧社章が取り付けられている形式が存在する。しかし、これも現在徐々にではあるが車体更新に併せて取り外しが進行中である。
新生西武鉄道を象徴する一環として2007年4月1日から使用が開始されている。西武鉄道のシンボル。旧社章と同じように、西武の”西”をモチーフにしている。それぞれマークの形の意味として、2つの輪は、さまざまなものが鉄道によって出会いつながる姿を、果実のようなデザインは、交流によって生まれる「実り」=「地域・社会の発展」を表現。カラーリングでは、グリーンで「自然との調和」、濃いブルーで「信頼」と「安心・安全」、明るいブルーで「新しいことへの挑戦」をイメージしている。2008年4月からは既存車両側面に表示されるようになり、同時に西武鉄道の制服もリニューアルされるなどして、多くの場所でこの社章を見かけるようになった。なお、社名ロゴのフォントも制定・変更され、「SEIBU」という英文表記もされるようになり、同社の広告に記載されたり、シンボルマークとともに全営業車両の先頭車両乗務員室扉横(8500系は車端部)に貼り出されたりした。ただし、近年、英文表記はあまり使わなくなり、同社が発行する広報誌『西武鉄道かわら版』の表紙には2013年度以降、記載されなくなった。また、2014年4月の消費税率変更時に運賃表を貼りかえた際、一部駅の運賃表下にあった「SEIBU」の英文表記が「西武鉄道」の漢字表記に変更され、駅のリニューアル工事後の駅入口看板も同様に変更されている。さらに、2013年度以降導入の30000系、近年に検査入場した車両、フルラッピングで車体色が変更された車両は、「SEIBU」の英文表記が「西武鉄道」の漢字表記に変更されている。
西武鉄道は、現在の池袋線系統の路線を開業した武蔵野鉄道が、新宿線系統の路線を開業していた西武鉄道(旧)を合併してできた会社である。
武蔵野鉄道は、1911年(明治44年)10月18日に鉄道免許を取得し、1912年(明治45年)5月7日に設立、当初は巣鴨駅を起点とする計画であったが東京府が池袋駅を起点にするよう指示したため1913年(大正2年)4月に計画が変更、1915年(大正4年)4月15日に現在の池袋線の一部である池袋 – 飯能間を開業した。1922年(大正11年)に池袋 – 所沢間、1925年(大正14年)に飯能までの全線を電化し、1929年(昭和4年)9月10日に吾野まで開業させた。なお豊島線は1927年(昭和2年)に、狭山線は1929年(昭和4年)に開業している。
一方、1924年(大正13年)箱根土地(後のコクド。現在のプリンスホテル)が武蔵野鉄道沿線の北豊島郡大泉村に大泉学園都市の分譲を開始。武蔵野鉄道に東大泉駅(現在の大泉学園駅)を建設の上寄贈する。翌1925年には武蔵野鉄道の株式を取得した。また、箱根土地は1928年(昭和3年)村山貯水池(多摩湖)および小平地区一帯を開発すべく、多摩湖鉄道を設立。4月6日に国分寺 – 萩山間を開業し、1936年(昭和11年)12月30日に村山貯水池まで開業させ、全通した。
1932年(昭和7年)に箱根土地社長の堤康次郎が経営危機に陥っていた武蔵野鉄道の株式を買い集め、再建に乗り出す。1934年(昭和9年)8月28日、武蔵野鉄道は鉄道抵当法に基づく強制執行が実施され、運賃収入が強制管理人に差し押さえられる(1937年(昭和12年)まで)。1935年(昭和10年)には電力料金11万円滞納を理由に東京電燈から制限送電を受け、経営は一層苦境に立たされるが、1936年(昭和11年)に武蔵野鉄道と債権者の間で和議が成立する。1938年(昭和13年)、大口債権者である東武鉄道の初代社長初代根津嘉一郎らがようやく債務免除に応じ、経営再建に道筋をつけた。
1940年(昭和15年)3月12日、武蔵野鉄道は同系の多摩湖鉄道を吸収合併する。10月、堤は根津および浅野財閥(元々の親会社)から株式を取得し、過半数を確保、社長に就任した(長年、西武鉄道株式のうち約45%を箱根土地の後身会社であるコクドが保有していて、他に西武建設の保有分を合わせると関連会社による持分が過半数を占めていたのはこの一件に由来するものである)。
西武鉄道(旧)は川越鉄道に始まる。川越鉄道は、甲武鉄道の関連会社として1892年(明治25年)8月5日に設立され、1894年(明治27年)12月21日に現在の西武国分寺線である国分寺駅 – 久米川(仮)駅(現在の東村山駅)間を開業させた。さらに、川越鉄道は1895年(明治28年)3月21日に、現在の西武新宿線の一部である久米川(仮)駅 – 川越駅(現在の本川越駅)間を開業させた。その後、1920年(大正9年)6月1日に武蔵水電に吸収合併された。武蔵水電の前身は、1906年(明治39年)4月16日に川越久保町 – 大宮間を開業させた川越電気鉄道である。合併後、川越久保町 – 大宮間の路線は川越東線となった。
1921年(大正10年)10月、武蔵水電は同年に淀橋町角筈 – 荻窪村間を開業させていた西武軌道を吸収合併した。「西武」の名前はこの会社が起源であり、現在の西武鉄道が2007年3月まで使用していた西武の西という字を図案化した社章もこの会社のものであった(ただし、6000系・10000系・20000系以外の現在も残っている車種は一部をのぞき2009年現在でもその旧社章を使用しているが、更新工事を施工した車両では取り外されている)。翌1922年(大正11年)6月1日に武蔵水電は帝国電灯に吸収合併されたが、帝国電灯は鉄軌道部門を切り離し、武蔵鉄道として独立する。同社は、同年8月15日に西武鉄道(旧)に社名を変更した。また、川越久保町 – 大宮駅の路線は大宮線となった。
1925年(大正14年)安比奈線南大塚 – 安比奈間開業。1927年(昭和2年)4月16日に東村山 – 高田馬場間を複線で開業。同年8月30日には、現在の多摩川線を開業させていた多摩鉄道を吸収合併した。同年には、東村山 – 川越間を電化し、高田馬場 – 川越間の直通運転を開始した。
1935年(昭和10年)12月27日、西武軌道線(淀橋町角筈 – 荻窪村間)を東京乗合自動車に委託した。委託後、同区間を譲渡(1951年)するまでの歴史は、「都電杉並線#歴史」を参照のこと。
1941年(昭和16年)、前年に川越線の開業に伴い休止していた大宮線を2月25日に廃止した。
1943年(昭和18年)6月、箱根土地が経営権を獲得。堤康次郎が社長に就任。
1944年(昭和19年)6月、戦時下の食糧不足に対応するため、沿線の耕地を利用した大規模食糧供給を目的に、食糧増産株式会社を設立した。
また1944年には、東京都からの委託によって糞尿輸送が開始された。当時都内の糞尿処理は、トラックで湾岸へ運び船で東京湾へ捨てていたが、人手不足とガソリン統制により、処理が追いつかなくなっていた。そこで東京都長官の大達茂雄からの要請で、武蔵野鉄道と西武鉄道(旧)と食糧増産の3社が一体となり、専用貨車と積込所・貯溜施設を造って大規模な糞尿処理にあたることとなったのである。同年9月10日夜から普通貨車による糞尿運搬の臨時運転を開始し、11月21日には専用貨車を用いた本運転に入った。この糞尿輸送列車は、「汚穢電車」「黄金電車」「黄金列車」などと呼ばれた。
この時の輸送力はあまり高いものではなく、積込所も2か所、貯溜槽も7か所しかなかった。社長の堤康次郎はさらに輸送規模を拡大させ、当時都内から排泄されていた1日約38,000石の糞尿すべてを処理できるように構想を立てた。専用貨車を115両新造して輸送能力を1日20,000石に上げるとともに、両鉄道沿線の数十箇所に糞尿貯溜槽を置き、約271,000石の糞尿をためられるようにする。そして輸送は主に深夜に行い、その帰りは貨車の上に特設台を設置し、都内向けの野菜を運搬しようというものであった。
しかし衛生面などで問題が続出してしまい、糞尿輸送は次第にその輸送量を減らして行った。書類上は1953年(昭和28年)3月30日までの契約であったが、実際には1951年に輸送が休止して以降再開されないままの廃止で、堤の輸送拡大構想は結局実行されないまま終わった。
なおこの糞尿輸送が行われている最中に武蔵野鉄道と西武鉄道(旧)と食糧増産の3社が合併しているが、社名に「農業」を付して「西武農業鉄道」とした由来はこのようなことにある。
戦後、西武鉄道の復興は他社に比べ目覚ましいものだった。大手他社が国鉄モハ63形の割当てにより体制を整えようとしている中、西武鉄道では国鉄の戦災車や事故車、これらが枯渇すると老朽廃車となった木製車を大量に譲り受け、自社(当時は復興社のちに西武建設経営)の所沢車両工場で改造、修繕や木造車体の鋼体化を実施した。これにより、モハ63形新製割当ての見返りに従来車を地方私鉄に供出する義務から解放され、輸送力増強を成し遂げたのである。国鉄の改造車ばかり走っていたことから、利用者からは「第2の国鉄」とまで呼ばれていた。徐々に車両数が増えると車体を新造するようになったが、台車や機械類は国鉄から譲り受けたものだった。
しかし、1954年(昭和29年)からようやく車体の完全新造が始まった。この時、登場した351系(登場当時501系)はこれから長きにわたる西武電車の基本デザイン「湘南デザイン」を確立した。この時の西武線を走っている電車と言えば、雑多な形態の電車を連結して、武蔵野台地を駆け巡るという印象が強かった。戦後の西武鉄道の方針は「質より量」で、車両の高速化はいち早く実施されてはいるものの他社では1950年代中盤(昭和20年代終盤)から登場したいわゆる高性能車の導入はせず、他系列との併結を考慮し性能の統一化を図ることから、一貫して旧来の吊り掛け駆動の増備を続けていたため「見せかけの新車」と揶揄されていた。その後登場した西武初の高性能車とも言えるカルダン駆動の601系・701系電車にしても、旧来の吊り掛け駆動車との併結が前提で、機能的には動力伝達方式をアップデートしただけであり、吊り掛け駆動車と併結することによってカルダン駆動本来の性能を発揮できていなかった(詳細は各系列の記事を参照)。電動車の台車は新製されるようになったものの、付随車の台車は国鉄から譲り受けた旧式な釣合梁式のTR11系の改造品であった。従来車との混用を考慮しない、電気制動を可能とした真の意味での高性能車が導入されたのは、西武秩父線開業を控えた、実に1960年代終盤(昭和40年代中盤)のことであった。
1963年(昭和38年)11月1日からは、他社ではまだ6両編成が最長で、しかも18m級車両で編成を組んでいた時に、西武鉄道では池袋-所沢間に日本の私鉄で初めて10両編成を走らせ、単位輸送力を確保した。乗車率が最大で200%を軽く超えていた時代のことであり、西武鉄道の「質より量」という方針が初めて結果につながった瞬間となった。
1969年(昭和44年)には自社のイメージの確立に乗り出し、現在でも利用者の西武鉄道のイメージである「黄色い電車」の第1号となる101系が登場する。その後101系で冷房試作車が登場、翌年集中式冷房の採用が決定したのをきっかけに在来車両の高性能化および冷房化が急ピッチで施行されるようになった。この過程で、1977年(昭和52年)には西武鉄道で初の本格的な4扉車かつ界磁チョッパ制御・回生ブレーキを採用した2000系も登場し、省エネルギー化や乗降時間短縮にも貢献するようになった。1985年(昭和60年)3月末現在の電車保有数は912両で、うち97%が高性能車、冷房化率も91%で関東大手私鉄中第1位に位置するようになり、20年前の「質より量」と言っていた西武鉄道と比較すれば一転したことがわかる。戦後、復興の際の経営戦略が非常にユニークで他鉄道会社と異なっていることから、現在の沿線イメージ、会社イメージ共に他の関東圏私鉄と比較するとやや異質の存在として見られていることが多い。
他の大手私鉄では昭和20年代に東京都心部(主に東京駅・有楽町など)への路線延伸申請を競い合うように行なったが、西武はその動きとは一線を画した。
1986年(昭和61年)に西武鉄道本社は東京都豊島区から埼玉県所沢市へと移転した。同時に西武グループ本社も移転している。東京都区部に路線を持つ鉄道事業者は現在も都区内に本社を置く場合が多いが、このように中心機能を東京の中心地から離した例は、他に東京都新宿区から多摩市へ移転した京王電鉄や、2013年に本社を東京都墨田区から千葉県市川市へ移転した京成電鉄がある。本社移転の狙いは、主要路線が2本交わる所沢駅を中心とした都市開発を行って沿線の開発・活性化を図ることや、沿線や輸送サービスの実態確認の容易化のためである(京王電鉄や京成電鉄の本社移転も同様の理由である)。
2017年(平成29年)1月16日、西武ホールディングスは都心事業の展開を強化する目的で、2019年春にかつての本社所在地に建設するビル内に本社を移転した上で入居することを発表し、西武グループとしては33年ぶりに池袋の地へ復帰することになったが、西武鉄道の本社は所沢市に残る予定。
現有路線の総延長・旅客営業キロは176.6kmで日本の大手私鉄では5番目に長い営業キロを持つ(東京地下鉄が発足し大手私鉄に加わった2004年4月以降)。成立や運転系統により、池袋線系統と新宿線系統におおむね大別できる。また、本線(池袋線・新宿線)から完全に独立した路線として多摩川線がある。
池袋線と新宿線には、未だに開かずの踏切が点在する。この状況を解消すべく地方自治体が主体となって、立体交差化に取り組んでいる。
池袋線は、2015年1月25日に桜台駅 – 大泉学園駅付近までの高架化が完了した。
新宿線は、2016年現在、中井駅 – 野方駅間の地下化工事と東村山駅付近の高架化工事がそれぞれ行われている。
西武鉄道の路線では西武有楽町線をのぞく全線でATSを使用している。このうち、新交通システムの山口線をのぞく全線では高周波連続誘導車上速度照査式ATSを、山口線では点制御による多情報変周式ATSをそれぞれ採用している。西武有楽町線では西武線で唯一のATCを採用している。
山口線と西武有楽町線をのぞく全線で使用されている高周波連続誘導車上速度照査式ATSは、他のATSや初期型のATCよりも高性能な保安装置である。AF軌道回路を用いたATSは西武鉄道のほかに阪神電気鉄道・阪急電鉄・山陽電気鉄道・相模鉄道(現在は地上子使用の点制御によるATS-Pに移行して廃止)・西日本鉄道で採用例があるが、西武鉄道ではパターン式となっている。過去に西武線ではAM系自動空気ブレーキ車や貨物列車が走行していたことから、ブレーキ性能別に制御する必要があるためATS作動時には非常ブレーキがかかる。制限速度以下になると自動的に緩解する。分岐上では軌道によって信号を送ることができないため、ループコイルを使用している。JR福知山線の脱線事故を受けて、急な曲線、分岐器(ポイント)箇所等の制限速度に対しても、列車を自動的に減速、または停止させる機能を追加した装置への更新を行い、2010年6月に完了した。
西武有楽町線で使用しているATCは、レールに設けられた軌道回路に先行列車の位置及び進路の条件に応じて作成されたATC信号(速度信号)を流し、車内では列車の許容最高速度を示す信号を連続して現示、その信号現示に従って列車の速度を自動的に制御する方式である。かつて乗り入れ先の有楽町線を含めた営団および後身の東京地下鉄各線や国鉄および後身のJR東日本常磐緩行線で使われていたCS-ATC(JR名称:ATC-4型)とほぼ同じものであるが、東京地下鉄では副都心線に新CS-ATCを採用し、有楽町線でも西武有楽町線と同一のATCから新CS-ATCへと変更されている。西武有楽町線は全駅の出発信号機が停止定位であり、このATCにより駅停車時に段階的に減速する。
2005年に更新された新型自動放送は、担当声優は上りが豊田真由美・下りが関根正明が担当しているが、多摩川線など駅の設備上の都合では異なる場合がある。
また、西武鉄道では一部駅をのぞいて独自の発車メロディを使用している。1994年2月に使用を開始し、最盛期には50種類が存在していた。駅・ホームごとに異なっていて当初は主要駅にしか導入されていなかったが、その後は各駅停車のみの停車駅にも導入されている。しかし、種類は6種類まで絞り込まれている。私鉄の中では京阪電気鉄道や阪神電気鉄道などと並んで発車メロディの採用は早かった。一部駅では旧オリジナル発車メロディーを現在も引き続き使用している。ご当地発車メロディーとしてご当地ソングを採用した駅もあり、高田馬場駅は「マルコメCMソング」、上井草駅は「翔べ! ガンダム」、椎名町駅は「怪物くん」主題歌、大泉学園駅は「銀河鉄道999」映画版主題歌、西所沢駅(1,2番ホーム)・西武球場前駅は「吠えろライオンズ」、狭山市駅は「七夕さま」、新狭山駅は「ロッテCMソング」、本川越駅は「愛の季節」、東村山駅(4,5,6番ホーム:新宿線のホーム)は「東村山音頭」、練馬高野台駅では「きれいな川」、「たのしい場所」が採用されている。
車内自動放送は、1992年登場の6000系から搭載が始まり、同年以降に製造された新型車両と、2006年度以降に更新された2000系(2031Fが初)、新101系のワンマン仕様車に搭載されている。車内自動放送は本線通勤車用、特急車用、山口線用、多摩湖線用、多摩川線用の5種類が存在する。2008年の東京地下鉄副都心線開業・相互直通開始に伴い更新され、これまで日本語のみだったのがさらに英語も加えられた。
日本語の声優は1992年当初から石毛美奈子が(ただし、1985年 – 2003年までのレオライナー8500系車両および2008年以前の多摩川線はのぞく)、英語の声優は初の英語車内放送採用の2008年からクリステル・チアリが担当している。更新前の自動放送と比べ日本語はかなり簡略化されたが、これは車掌の肉声によってわかりやすい情報を提供するためだとしている。
特急以外の自動放送は基本的に、日本語では列車種別案内、次駅停車案内(優等列車の場合は次々駅停車案内も放送される)、乗換案内、出口案内などを行い、英語では出口案内以外の日本語放送と同じ内容を案内する。山口線では西武ドームで試合が行われる日、また土曜・休日は西武園ゆうえんちの宣伝放送がそれぞれ流れる。特急車用の自動放送では日本語と英語で列車種別案内、座席案内、車内設備案内、禁煙案内、次駅停車案内が放送される。停車駅接近時は、両国言語で停車駅接近案内、出口方向案内、乗換案内が放送される。また終点の時は忘れ物注意発起も放送される。
車内自動放送が搭載されていない車両は、すべて車掌により案内される。車内自動放送が搭載されていても、臨時列車、本線通勤車で見習い車掌の乗務時、装置の故障時、運行障害時などはすべて車掌が案内することがある。
30000系の登場で2008年より動画広告を始めている。ドア上に設置された液晶式ディスプレイ(愛称:スマイルビジョン)によって放映されている。登場時は自社の広告が割合を占めていたが、2009年頃から自社グループ以外の広告も増え、多数の乗客の情報源となっている。動画広告のため効果は大きい。
3000系、6000系そして9000系や20000系などを利用した一社広告貸切電車を2005年より走らせている。大手企業も多いが西武不動産や埼玉西武ライオンズなど西武グループの会社の貸切広告もあった。2009年7月には夏に合わせ車内広告を大手飲料水メーカー(数社)の広告で統一し、中吊り広告や客用ドア上の広告は自社ホームの自動販売機の利用を促すという、季節を利用した電車を走らせていた。
車体に広告を直接貼り付けるラッピング広告電車も走っている。利用電車はおもに3000系、9000系、6000系(50番台)、20000系などである。登場当時は自社の広告から始まったが、次第に依頼が増えて大手清涼飲料水メーカーや沿線の大学など、様々な車体広告を見るようになった。
西武鉄道には平行ダイヤ区間(複々線でのダイヤ構成)が池袋線のごく一部にしかないため、ラッシュ時のダイヤは非常に複雑に、そして巧みに構成されている。特に池袋線ではその特徴がよく表れていて、全国でも珍しい千鳥停車が行われている。これは種別・行き先を問わず、どの電車も乗車率を平均的にするために行われる複雑なダイヤとなっている。しかし、千鳥停車は平日ラッシュ時のみで、ラッシュ時は毎日の通勤や通学で慣れた人がほとんどであり、混乱は無かった。さらに千鳥停車を行うことにより、優等列車が停車する駅での渋滞が少なくなるため、複線のみの時代でもラッシュ時間帯では複線のみの路線では日本の私鉄最大の1時間に29本もの運転本数を確保し、輸送力増強に大きく貢献した。最盛期には10もの種別が設定されていたが、一度は種別数を減らしたものの、後述するように、2018年春より種別数は10種別体制に戻った。新宿線でもかつて千鳥停車を実施していたが、現在は廃止されている。
西武鉄道では、2018年3月10日現在、以下の種別の列車を運行している(各駅停車のみ運行する多摩川線・国分寺線・山口線・西武園線・豊島線を除く)。
運行している列車種別数は10種別で、これは日本での列車種別数では京阪の11種別に次ぐ数である。なお、区間準急が設定されていた1998年から2001年までの間は、当時の大手私鉄では最大の10種別(現行の列車種別に区間準急と同じく廃止された通勤快速との合計)が設定され、また2008年6月から2012年6月までの間は、やはり廃止された拝島快速を加えた9種別が同時に設定されていた。
2013年12月26日現在、特急列車用84両、通勤用1,148両、新交通システム用12両の計1,244両を保有する(緊急予備車・休止車両・保留車をのぞく)。各系列の詳細、使用線区、運用などについてはそれぞれの記事を参照のこと。
西武鉄道は敗戦後に国鉄から戦災国電や廃用機器の大量払い下げを受けて車両の拡充を行なっていた。しかし西武秩父線開業と共に質的向上も図られ、大手他社と比べても遜色はない。また、戦後長らく所沢車両工場において大手私鉄では珍しい車両の自社製造を続けていたが(東急車輛製造など一部車両メーカー製も並行して導入された)、1999年3月2日9108編成の出場をもって終了し、それ以降は日立製作所笠戸事業所のみから外部調達していたが、2016年度から納入される40000系は川崎重工業車両カンパニーの製造となり、日立製作所笠戸事業所に加え川崎重工業車両カンパニーからも調達することになった。
現在運用されている電車の制御装置はほぼすべてが日立製作所製である。ただし、新2000系のVVVFインバータ制御試験車モハ2197・モハ2198と6000系の機器更新車6156Fのみ三菱電機製、6000系の機器更新車6157Fおよび2016年度以降に導入される40000系は東芝製となっている。
東京急行電鉄・京王電鉄と同様に営業運転から離脱した旧型車両を地方中小私鉄に譲渡するケースが多い。譲渡先にはグループ会社の近江鉄道・伊豆箱根鉄道のほか、流鉄・三岐鉄道・上信電鉄がある。
現在、平日・土休日の需要変動に応じた柔軟な編成を組むために、編成を組み合わせることも少なくない。池袋線・新宿線では、レッドアローを除く平日の優等列車は原則10両編成で運転されるが、土休日の一部の優等列車は8両編成で運転される。しかし、2013年度導入の30000系からは10両固定編成が登場している。
(保線車両などをのぞく)
西武ドームでの野球などイベント来場者の利便を図るため、西武鉄道各駅(多摩川線を除く)から西武球場前駅までの往復乗車券が設定されている。発売当日より2日間有効。
西武鉄道は1枚の通勤定期券で2つのルートを利用できる以下の特殊連絡定期券を発売し、乗客の需要喚起を促している。これらの定期券は都心側のターミナル駅の利用が可能で、途中接続駅での乗り継ぎも容易になる。当初は西武鉄道のみでの発売だった。
西武鉄道は、沿線に秩父や川越といった有名観光地があり、観光客向けに「フリーきっぷ」を発売している。
いずれのきっぷも西武鉄道の駅員が配置されていない小竹向原駅と他の西武線の路線とつながっていない多摩川線の全駅では購入することができない。その他、一部の駅で購入できないきっぷがある。
通年商品のほか、季節商品やスタンプラリー等のイベントに合わせて西武線スタンプラリー1日フリーきっぷなどの企画商品が設定される。また毎年埼玉県民の日である11月14日にはその日のみ利用可能な埼玉県民の日記念1日フリーきっぷも発売される。
西武鉄道は、2003年に小田急電鉄と業務提携を結んでいることから、小田急線各駅で発売している各種フリーパスも発売している。この乗車券には西武線乗車駅から西武新宿線西武新宿駅までの往復乗車券が追加されている。
2013年3月16日からは、東急東横線・横浜高速鉄道みなとみらい線との相互直通運転開始に伴い、東横線・みなとみらい線で使用可能なフリーきっぷの取り扱いを開始した。
訪日外国人向けの企画乗車券を発売している。購入時に日本以外のパスポートの提示が必要となる。
シーズン限定の切符として以下の設定もあった。
2010年度までに全駅(営業線のみ)バリアフリー化を目標に掲げ、下記を含めるバリアフリー化事業を行っている。
1992年の高田馬場駅ホーム・駅舎改良工事の開始以降、駅のバリアフリー化工事や駅舎の橋上化・建て替え工事が活発に行われるようになった(小竹向原をのぞく。ただし、さらにさかのぼると1977年の現在の西武新宿駅の駅ビル(新宿プリンスホテルビル)完成時にきっぷ売り場と改札口の間の階段横にスロープが設置され、西武最初のバリアフリー化が行われている。このスロープは30年経った2007年に改修された)。設備改良の主な内容の始まった駅とその年は次の通り。
近年では一日の利用客が5000人以下の駅でもバリアフリー化が実施されている。駅売店の改良も行われているが、2007年以降は駅ナカコンビニTOMONYに置き換える場合が多い。Emio(エミオ)などの駅ナカ商業施設の建設も進められ、利用者の充実性・利便性の向上も図られている。
ホームには2台以上の大型総合案内板が1987年より設置されている(一部駅をのぞく)。これには最上部に駅名表(LED式電灯付)、下部に西武鉄道路線図、停車駅ごあんない、時刻表、急行・準急・(普通→)各停それぞれの所要時間がまとめて入っている。その後、2008年よりすべてユニバーサルデザインのピクトグラムを併用し、さらに新コーポレートカラーに合わせたデザインとなっている。駅名表のみのものは、1987年の航空公園駅から使用している簡易的なものと2008年の新コーポレートカラーに合わせたデザインのものなど約5種類存在する。池袋線(一部駅をのぞく)は副都心線開業にあわせホーム番号・方面を表記する看板をすべて新しいものに交換し同一デザインとしている。他の駅でも駅設備の改良と共に交換をしている。しかし、池袋線では厚型であったが、その後他駅で設置されたものは薄型となり英語表記のほかに、韓国語、中国語の表記もされている。2012年以降は、駅ナンバリングが併記されたものへの取り替えや、案内板への駅ナンバリング貼り付けも順次行われている。1970年代に導入された旧ホーム番号表記看板が現在、鷺ノ宮駅、武蔵関駅、入曽駅、南大塚駅の一部、西武秩父線の一部駅に残っていたがこれも2010年代初期までに取り替えられた。
西武鉄道ではすべての駅(小竹向原を除く)に自動体外式除細動器 (AED) と列車非常通報装置、列車進入警報装置が設置されている。これらの設置は2008年度中に終了した。2007年には遠隔放送装置を導入し、総合司令室より全駅または指定駅への遠隔放送により正確な情報を迅速に伝達することが可能になった。また、「あなたの駅でも定期を」をモットーに、自動定期券発売機の設置を進めている(小竹向原を除く)。また、2009年10月頃より一部駅の自動定期発売機にクレジットカード対応とするためのシステム追加が行われている。
また、女性専用車に、小学生以下の子供を同伴する男性保護者の乗車も認めており、他社には見られない特徴である。
線路面では低騒音化や乗り心地の改善に力を注いでいる。1975年より乗り心地の良い線路のロングレール化が実施され、実施率は日本の私鉄一であった。分岐器(ポイント)での横揺れや騒音を軽減するため、普通分岐器から弾性分岐器への交換を進めている。1996年までF級電気機関車のE851形が走行していたこともあり線路の基礎は強固である。民家が隣接しているところには防音壁を設置し対策している。2000年頃から架線柱のビームを丈夫で寿命が長いパイプ式への交換が進んでいる。また一部であるが、弾性枕木直結軌道やバラストラダー軌道、饋電吊架式の架線などの採用も進めており省メンテナンス化にも取り組んでいる。
歩行者用、自動車通行可能な踏切共にすべての踏切で遮断機及び警報器が自動化されている。踏切の遮断機・警報器や起動装置などはほとんどが京三製作所製で、一部日本信号製の物が使われている。2008年度には自動車が通行可能な踏切242踏切に、踏切支障報知装置(非常ボタン)と踏切支障検知装置の設置を完了した。列車の運転士が運転中に踏切遮断機の作動を確認する線路脇に設置されている表示灯は、他社では見られない特殊なものとなっている。他社では電球色で「×」印の表示灯が一般的だが、西武鉄道では踏切の警報灯と同じ上下点滅式のLED表示灯となっている。2005年より比較的大きな踏切では道路と歩行者用通路を明確にし歩行者の安全を確保するため、歩行者用通路が緑色で塗りわけられている。なお、警報音は設置当初から数十年以上手鳴らしによる「カンカンカンカン」という西武独自の独特な音のものであったが、1990年頃より2世代前、1992年頃より1世代前のものへ変更が始まり、一時期現行のもの含めすべての警報音が重なった時期もあったが、2008年に1世代前と現行の4代目の2つのみに統一された。なお、現在の2つは列車接近警報装置の警報音としても使用されている。
車両形式ごとの性能に統一性がなく、同形式でも性能が一部異なる編成もあるため、運転士は形式ごとに性能や操作、感覚を記憶しなければならない。西武鉄道係員養成所には、2000系と20000系の運転(車掌)シミュレーターがあり、定期的に運転士はそこで訓練を受ける。
車両の自動放送を簡略化し、車掌に直接わかりやすく通過駅や接続電車などの放送をさせるようにしている。電車の折り返し時や停車時間が長い駅では都度車掌が車内に入り車内温度を確認する。また、始発時や乗務員交代時には車内と乗務員室の仕切り扉や窓を開け、車内放送が適切な音量であるかを確かめている。
2015年度は 駅別乗降人員 :西武鉄道Webサイト より。それ以外は 関東交通広告協議会、東京都統計年鑑、埼玉県統計年鑑より。
は、右欄の乗降人員と比較して増、減を表す。
池袋線系統は池袋駅が、新宿線系統は西武新宿駅と高田馬場駅が突出して乗降人員が多く、これらの3駅が西武鉄道のメインターミナルである。また、池袋線系統は小竹向原駅で東京メトロ有楽町線及び副都心線への相互直通運転を行っており、都心方面の利便性と冗長性を確保している。
池袋線系統の始発駅である池袋駅は、1990年代前半に一日平均乗降人員が65万人を越えていた時期があった。1997年度に都営地下鉄大江戸線が新宿駅まで延伸開業し、2008年度に東京メトロ副都心線が開業して直通運転を開始するなど、並行路線が開業したことで乗客の転移が進み、2009年度以降は50万人を下回っている。その一方で、池袋駅の手前にある乗換駅の小竹向原駅と練馬駅は乗降人員が増加し、2010年度以降は両駅とも10万人を上回っている。
新宿線系統の始発駅である西武新宿駅は、他路線に乗り換える際に不便な場所にあるため、乗り換えに適した隣駅の高田馬場駅よりも乗降人員が少ない。同線は地下鉄への相互直通運転を実施していないため、朝のラッシュ時は両駅で大量の降車客を捌いている。特に、高田馬場駅では降車時間の短縮と遅延防止を図るため、上り線に限り両側の扉を開けられる構造としている。
上位15位の中で大半を占めるのは池袋線の駅である。大泉学園駅は他路線と接続せず、急行以上の種別が通過する単独駅でありながら一日平均乗降人員が8万人を越えている。また同駅を含め、石神井公園駅から所沢駅までの各駅は、すべての駅で一日平均乗降人員が5万人を越えている。朝のラッシュ時に運転される通勤準急は石神井公園駅を、通勤急行はひばりヶ丘駅を通過する千鳥停車を行い、両駅に停車する快速急行及び急行に乗客が集中しないようにダイヤが組まれている。
一方で、新宿線の単独駅で一日平均乗降人員が6万人を越えているのは田無駅のみである。2006年度以前は新所沢駅も一日平均乗降人員が6万人を越えていた。
西武鉄道では、グループビジョンのグループ宣言に、「常に、自然環境・地球環境への配慮を忘れません。」と掲げている通り、以下のような環境保全活動を行っている(以下は、大まかな例であり環境保全活動の極一部)。
2008年5月に鉄道会社としては初めてSEGES(シージェス)の認定を受けた森林「飯能・西武の森」を保有している。認定ランクは5段階評価中3段階目。認定を受けた会社としては最大級で、面積は約77ヘクタール。地域市民の憩いの場として、また自然体験を始めとする環境教育の場として使用されている。2008年9月より5ヵ年計画で整備をする。
2007年に電車から架線に戻された回生電力の貯蔵を行う「環境配慮型蓄電装置」を日本国内で初めて吾野変電所および正丸変電所に導入した。これにより電力使用量の削減につながった。また、変電所では2001年より整流器の冷媒を代替フロンから環境に影響のない純水に切り替えている。2008年より変電所で定期的に交換される蓄電池の再利用を行っていて、廃棄物の削減を図っている。
2005年度以降にリニューアルされた駅や建て替えを施行した駅の一部では、太陽光発電や風力発電システムを導入している。案内表示看板内の照明をLED化することで消費電力の大幅な削減を図っている。駅の構築でVOCの発生を抑えるため、鉄骨材の塗装をやめて溶融亜鉛めっきを取り入れている。また、信号踏切等の設備の塗装では低VOC塗装を使用している。2009年度から一部駅でホームや駅前ベンチの緑化が行われた。旧駅舎に使用されていた古レールを活用し、駅の案内表示の柱に使用している。
鉄道車両では、軽量化などによって消費電力の削減を図り、新型車両についてはこれが置き換える旧型車両に比べ約半分以下の消費電力となっている。また、車内や車体のリサイクル性を高めるため新型車両ではリサイクル可能な素材の採用などがなされている。冷房装置の冷媒を代替フロンに置き換えることによって、オゾン層破壊への影響を低減させている。また、使わなくなった一部車両を地方中小私鉄に譲渡して、解体にかかる環境負担を低減させると共に省資源化を図っている。廃棄物対策として、車両部品の非アスベスト化や電子機器プリント基板の非鉛化を図っている。
線路内の法面の緑化を行い環境保全と景観向上を図っている。また、一部社員を地域の清掃活動や自治体とタイアップした植栽ボランティア活動に定期的に参加させている。この活動により社員が環境に対する意識を高めてもらおうとしている。
武蔵横手駅の線路脇事業用地ではヤギ(雄のそらと雌のみどり、その2頭の子のだいち)の放牧による草刈りを2009年8月頃より試験的に開始している。これにより、従来社員が草刈り機を使用して行っていた草刈りを省くことができ、草刈り機の燃料費の削減、またこれに伴う環境負荷の低減につながることを期待している。
乗車券類のリサイクルを行い再資源化を図っている。また同じように電気関係工事で発生する銅屑、鉄屑などのリサイクルも行っている。
2009年4月には日本政府が進める地球温暖化防止プロジェクト「チーム・マイナス6%」に加盟している。
太陽光発電については駅併設分以外にも、西武鉄道グループとして太陽光発電所を9カ所(2018年1月時点)運営・着工している。
西武鉄道では幾多のオリジナルキャラクターを駅や電車内で使用している。2004年頃から西武鉄道が保有する電車の各形式がキャラクター化されている。2007年度より「グットマナーをありがとうシリーズ」で各動物をキャラクター化している。同年度から西武鉄道が毎月1日に発行する「西武鉄道 かわら版」内のマナーを呼びかけをする欄で毎年度違うキャラクターを製作している。ちなみに2007年度はマナーかるたをテーマとして中学生の「たけしくん」、2008年度は小学生探偵の「サトローくん」、2009年度は学習型のマナーロボット「マナボットくん」であった。また、沿線祭りの宣伝ポスターで解説などをするキャラクターとして「まつりちゃん」がいる。
グループ再編後は、沿線の練馬区、杉並区が日本のアニメ産業の中心地であることから、アニメーション作品、およびそれを活用した地域おこしとのタイアップや、アニメキャラクターを使用した自社企画、声優を起用した企画(始球式、アニラジやその公開収録など)を行っている。
このほか、『ケロロ軍曹』やプリキュアシリーズ(2009年の『フレッシュプリキュア!』から2012年の『スマイルプリキュア!』まで)の劇場映画公開前に、広告ヘッドマーク付きの電車を池袋線系統を中心に運転していた。
同業他社の中では、叡山電鉄も『まんがタイムきらら』系列のアニメ化作品と数多くコラボするなど、アニメを活用して沿線地域に誘致する動きが活発化している。
また、2020年4月を目処に本社所在地近くの所沢市東所沢和田にクールジャパンの総本山として、出版大手のKADOKAWAと所沢市が手を組んで計画している娯楽施設、ところざわサクラタウンが営業を開始する。この計画には、西武取締役会長の後藤高志も参加しているため、KADOKAWAとのコラボ(アニメ・ゲーム作品のイベントや記念スタンプラリーの開催、西武ドームを特集した雑誌制作など)が増えている。
西武鉄道以外の西武グループ系列企業でも、以下のアニメ・漫画作品とタイアップ(コラボレーション)を行っている。
多摩都市モノレール、首都圏新都市鉄道、伊豆箱根鉄道では運転士養成の設備が整っていないため、西武鉄道に運転士の養成を委託している。西武鉄道社内で養成を受けているときは西武鉄道の制服を着用している。
毎年、沿線の南入曽車両基地では8月ごろ、武蔵丘車両検修場では6月ごろ、横瀬車両基地では10月ごろにイベントが行われる。

記録

記録

記録きろくは、安定した形で定着・保存された状態にある情報である。

会議の議事録が、会議の終わった後にも残るように会議中の発言を文書などの形にして保存するのがこの例である。
人類が意図的に残し、現存する、最古の記録と思われるのは、洞窟に残された壁画と推察されている。
もっとも、これらの壁画は何かの情報を保存する目的のものであったのかどうかは疑わしい。呪術などに用いられたものではないかとする説などもある。
文字に近い記録に限った場合には、古代メソポタミア文明における楔形文字が最初の例とされる。
紀元前8000年頃から、シュメール人は小さな粘土の板に記号化された絵のようなものを記し、物財の管理や分配をする際の助けにしていたとされる。表現の対象となったのは例えば、羊、一定量の油や穀物などである。
ただし、この粘土板を用いた記録の初期形態は、文字として今日われわれが考えるものとはやや異なっている。この小さな板は、ちょうどコインのようなもので、容器に入れて持ち運ばれ、羊の量と羊を描いた板の数が比例する、という形で用いられていた。
時と共に、平らな粘土板に複数の文字を並べる習慣が広まり、またそれらの文字とは独立して頭数や量を表す数字が発明された。表意文字としての性格を帯びるようにもなった。
ちなみに、メソポタミアの文字文化は、シュメール人の後に現れたアッカド人、バビロニア人にも受け継がれ、成文法の最初の例として知られるハンムラビ法典を生み出した。このバビロニアはエジプト文明に影響を与え、ヒエログリフの使用のきっかけとなった。そしてエジプト文明は古代ギリシア文明に影響を与えたとされる。
文字による記録を行う社会と、口承によって物事を伝達する社会とでは人々の人間関係、物事の考え方、時間や世界に対する構えなどが異なる、という研究がある。正確な保存のために記録をとるという発想が文字の文化だ、という説も、そこからは導き出せる。
また、記録の仕方によっても人や社会が影響を受けるとする考察もある。例えばハロルド・イニスは、エジプトのパピルスが粘土板に代わって記録に用いられるようになったことで人々の思考も軽くなった、と論じている。

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